2011年08月17日

今年の夏ヤマ遠征

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先々週のことになってしまったが、まとまった休みがとれたこともあり、一念発起して北の大地で山巡り。
めったに行けない知床・阿寒周辺の有名ドコロに照準をあわせ、フェリーとマイカー移動で無計画に近い行程であったが、これはこれでなんとかなるものだった。
北海道といえども最も暑い季節…しばらくまともに歩いていなかった身にはきびしいモノもあったが、日帰り装備とはいえ、連日となる三山登り降り試練exclamation&question晴天に恵まれただけで感謝である。そよ風がありがたかった。
8月4日深夜に上陸して、そのまま闇のなかをひた走りたどりついた阿寒。
野中温泉スタート&ゴールの周回が出来る雌阿寒岳。
エゾマツ・トドマツという北らしい森のトレールをくぐりぬけオンネトーの畔に出ると、いきなりクマゲラが鳴き交わす声。キャンプ場のすぐそばでexclamation
風の通らぬ針葉樹林帯でたっぷり解毒し、解放された途端目に入ってきたのは、岩手山そっくりの砂礫ドーム。コマクサやイワブクロ、そして会いたかったメアカンフスマで彩られたその阿寒富士をピストンしてから、荒々しく噴気を発している雌阿寒のてっぺんへ。
複数の火口をかかえるナマナマしい姿は、裾に広がる濃い緑の楽園とは対照的であったが、そこがこの山の魅力でもありスケールの大きさを感じさせる。多くの登山者に踏まれてきた道は、なんだか美しかった。


前夜のうちに着いていた登山口の清岳荘から出発して、沢靴仕立てで斜里岳をめざした2日め。
登山靴で問題ないらしいが、旧道の沢コースを浸かりながら歩きたいと思っていた。
赤茶けた沢床はビミョーnaフリクション&ちと逆層ぎみで、冒険はひかえつつ、それでも楽しい水際登り。
乾ききった稜線に出て感じる風の有り難さ。鮮やかな色合いのエゾツツジ・ミヤマオダマキ・チシマノキンバイソウなどなどに励まされて到着した山頂はヒジョーに暑かったあせあせ(飛び散る汗)
沢を離れてから登山靴に履き替えていた家人に対し沢靴で通してきたこちらの足はウルウル過潤状態だったが、ちょっと日光浴させ下降もこのままで。水流を離れて、太陽直射の尾根スジ灌木新道を下山。一気に200m超の急降下で戻った旧道分岐点では、沢音が涼やかさを再びひらめき
平野にそびえ立つ斜里岳の姿は青森の岩木山に似ていると思ったのは、清岳荘管理人(代理)Yさんの津軽訛りに親近感をおぼえたからかもしれない。定年退職し、麓へ3年前に越してきたという…再訪してまた語り合いたい方だ。


登山口木下小屋では、しと降る雨に蒸し暑い一夜を過ごしたが、明るんでくる頃にはすっかり晴れ渡っていた空。25年ぶりの羅臼岳が始まった。
当時、北海道バイクツーリング中で、9月に3日ほど岩尾別YHに連泊し、そのうち一日を同宿した有志と羅臼岳へ。普段着に近い姿で足元はコンバースバッシュー…それでも岳直下の羅臼平までは登った。それまで経験したことのない強風に阻まれて撤退バッド(下向き矢印)よく行ったモノだな、と。
で、今回は再チャレンジということになる。
世界遺産地域となって変わったのはヒグマ対策ぐらいか‥よく覚えていないがそんなもんでは?と感じるくらい以前のままの登山道に思えた。
弥三吉清水で甦る気がする体細胞、眼下に見おろす北方領土の国後島が記憶の片隅にある。知床五湖を眺めた場所はどこだったか…。
いろいろ思い出しながら取り付いた、羅臼平から先の岩場ルートは、ドーム状のアタマといい大岩の累々とした姿といい鳥海山の新山登りを思い起こさせた。メアカンフスマに始まりエゾヒメクワガタ・イワギキョウ・ミヤマアカバナ・チシマクモマグサ・エゾノツガザクラ・イワヒゲ・メアカンキンバイ・リンネソウ・・・多くの高山植物が目を楽しませてくれて、長いワンピッチだったが、知床連山の盟主にふさわしい山の大きさも実感した羅臼ドームだった。

阿寒・斜里・羅臼と駈ける登山ツアー企画があたりまえのようにあるらしいが、それに参加される方々ってパワフルexclamation×2と感じるワレワレがだらしないのか…けっこうイッパイイッパイの3日間が無事終わり、あとはいちにちかけて本州へのフェリー乗り場へいどうするのみ。と、その前にウトロナイトで海鮮打ちあげという運び。


posted by FOJI at 13:28| Comment(0) | 北海道東山歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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